大阪高等裁判所 昭和58年(ラ)316号 決定 1983年10月07日
抗告人
新田壽郎
右訴訟代理人
竹田実
塩川吉孝
相手方
株式会社ダイイチ
右代表者
川嶌光男
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一抗告の趣旨と理由
別紙記載のとおり。
二当裁判所の判断
1 一件記録によれば、抗告人は訴外倉茂守に対し、和解金一七五〇万円及びこれに対する昭和五三年四月一日から完済に至るまで日歩八銭の割合による利息金の債権を有するところ、同訴外人が約定によるその分割支払いを行わないため、抗告人は同訴外人の住所である千葉市花見川四―七―五〇二を管轄する千葉地方裁判所に対し、同訴外人の相手方会社に対する昭和五七年八月一日以降支払われるべき役員報酬、賞与より法定の控除をした残額の一六九四万五〇〇〇円に満つるまでの報酬、賞与債権の差押えを申請し、昭和五七年七月二七日付をもつて、右債権の差押命令を得たこと、しかし相手方会社が右被差押債権の支払いに応じないので、抗告人は相手方会社を被告として、大阪地方裁判所に対し、右被差押債権のうち一二〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本件取立訴訟を提起したこと、相手方会社の本店が東京都江東区東砂六丁目一六番一〇号に所在することの各事実を認めることができる。
2 ところで抗告人は、本件被差押債権は持参債務であり、差押債権者は差押債務者の地位を承継するから、本件被差押債権の義務履行地は、本件差押債権者である抗告人の住所地となる旨主張し、抗告人の住所地を管轄する大阪地方裁判所が、本件被差押債権の取立訴訟について管轄権を有する旨主張する。
しかし債権の差押債権者が被差押債権について取立権を有する場合でも、債権そのものは差押債務者に帰属するから、本件被差押債権の債務が仮に抗告人の主張するとおり、持参債務であるとしても、その義務履行地は訴外倉茂守の住所であつて、差押債権者である抗告人の住所となるものではない。したがつて、その取立訴訟について、民訴法五条に基づく管轄権を有する裁判所は、差押債務者である訴外倉茂守の住所地を管轄する千葉地方裁判所であつて、差押債権者である抗告人の住所地を管轄する大阪地方裁判所でないことは明らかである。
そして他に大阪地方裁判所が本件取立訴訟について管轄権を有することを認めうべき証拠がない。
3 前記1の事実によれば、東京地方裁判所が相手方会社の普通裁判籍所在地を管轄する裁判所であり、したがつて同裁判所は、相手方会社を被告とする本件取立訴訟について、民訴法一条に基づく管轄権を有するものである。
4 以上によれば、原決定は本件取立訴訟について管轄権を有しない原審裁判所が民訴法三〇条一項に基づき、右訴訟を管轄権を有する東京地方裁判所に移送する旨決定したものであるから、相手方会社の所在地が本件被差押債権の義務履行地であるか否かについて検討をすすめるまでもなく、すでに適法であり、抗告人の本件抗告は理由がない。
よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(小林定人 坂上弘 小林茂雄)
(別紙)
抗告の趣旨
原決定を取消す旨の裁判を求める。
抗告の理由
一、抗告人は、訴外倉茂守の訴外小林義雄に対する金銭債務(元利金計一七五〇万円)を昭和五三年一月三一日右小林に対し代位弁済することにより、右倉茂に対し同額の債権を取得した。しかし、弁済期になつても倉茂が弁済しないので、抗告人が支払請求の訴を提起したところ(大阪地方裁判所昭和五三年(ワ)第三六六四号)、同年一一月二〇日和解が成立した。その主な内容は倉茂において債務の全額(一七五〇万円)とそれに対する昭和五三年四月一日から完済に至るまでの日歩八銭の利息を認め、その支払を分割払いとし、倉茂がその支払を二回以上怠つたときは期限の利益を失なうというものである。
しかし、倉茂は合計五三万五〇〇〇円を支払つたのみで残金の支払いをしないので、その期限の利益を失つた。
二、ところで、倉茂は昭和五七年二月二八日相手方会社に取締役として入社し、勤務していたが昭和五八年六月二五日退社した。
そこで抗告人は昭和五七年七月二七日付千葉地方裁判所昭和五七年(ル)第四〇四号債権差押命令により相手方会社から倉茂に昭和五七年八月一日以降支払われるべき役員報酬、賞与より法定控除額を差引いた残額の一六九四万五〇〇〇円に満つる金額まで差押えをなし、同年七月三〇日右命令は被告に送達された。しかるに第三債務者である相手方会社は、倉茂は従業員でも取締役でもないと主張して自己の倉茂に対する債務を否認するので、大阪地方裁判所に右債務の支払を求める訴を提起した。
三、ところが、相手方は左記の理由に基づいて管轄違い抗弁を提出し、本件訴を東京地方裁判所に移送されたい旨申立てた。
記
(一) 被告(相手方)の所在地は東京都江東区である。
(二) 被告(相手方)の支払義務は、取立債務である。
なぜなら、
(イ) 給料債務の支払場所は使用者の営業所であり(東京高決昭和三八・一・一一)、役員報酬、賞与についても同一に考えるべきである。
(ロ) 本件は、民事執行法一五五条に基づく取立債権請求事件である。
大阪地方裁判所は右申立に対し、民訴法三〇条一項に基づき、本件訴を東京地方裁判所に移送する旨の決定をした。
四、しかし、相手方の所在地が東京都江東区にあることは認めるとしても、相手方の支払義務は持参債務と考えるべきである。
(一) 前記東京高決の趣旨は、従業員は営業所において労務に従事する者であるから、営業所を支払場所とすることが好都合であるというにすぎず、結局は取引慣行の問題と考えるべきである。銀行口座等への給料振込が一般化した現在においては、取引慣行の変化により右高裁決定は先例としての意義を失つたというべきであるから、給料債権は民法四八四条の原則に従い、持参債務と考えられる。
(二) また、相手方は、給料債権と役員報酬の同一性を主張するが、前者は雇傭契約に基づくものであるのに対し、後者は会社、取締役間の委任又は準委任契約に基づくものであるから、両者を同一に論ずることはできない。役員に対する報酬ということからも、当然持参債務と考えるべきである。
(三) 民事執行法一五五条は、差押債権者に差押債権の取立権限を認めるにとどまる規定であつて、差押債権の履行場所を変更するものではないと解される。同条の趣旨からすれば差押債権者は債務者の地位を承継すると解され、従つて、本件の義務履行地は差押債権者たる抗告人の住所地となると考えられる。
五、すなわち、大阪地方裁判所は本件訴えについて管轄権を有するものであつて、移送を命じた右決定は不当であるから、その取消を求めるため本抗告に及んだ次第である。